【アンマンの宿】マンスールホテル(コーダホテル)に泊まりたかった理由

ヨルダンでは、マンスールホテルに宿泊したかったのですが、仕事があったため宿泊出来ませんでした。

マンスールホテル コウダホテルにて

宿泊こそしませんでしたが、友人たちが宿泊していたため、何度かマンスールホテルには行きました。

世界のどこかで待ち合わせって!?

世界を旅する者同士、世界のどこかの国で待ち合わせをしたりします。

まるで、近所で待ち合わせするかのように。

wifiが発展し、どこでもネット回線が使えるような今だからこそ、世界のどこかで待ち合わせが可能でした。

私たちが旅してたのは、もう3年も前の事でしたが、その頃でもwifiは世界中にありました。

もちろん、ヨルダンのアンマンにも。

ヨルダンの町 左は映画館

ヨルダンのアンマンでの待ち合わせのために、インドを少し足早に周っていました。

ただ、日本が舞台なのではなく、地球が舞台だっただけです。

イラク日本人青年殺害事件を振り返る

時は2004年、今から10年以上昔の事、

イラクで日本人青年が人質に取られ、殺害された事件を覚えてますでしょうか。

ヨルダンからイラクに行くという香田証生さんが、イラクに入る入り口で国際テロ集団のアルカイダグループに拉致され、殺害された事件です。

マンスールホテルの入り口

当時、イラクは日本の自衛隊撤去を求めてました。

それに対しての、当時の首相であった小泉さんの答えは、「ノー」でした。

首をナイフで切り落とされるという方法で殺害された香田さん。

なんとも悲しい結末を迎えてしまった事件です。

こんな記事を書いていると、つい最近のイスラム国後藤健二さん殺害事件を思いだします。

香田さんとマンスールホテルとサメールさんと

香田さんは、ヨルダンのアンマンからバスでイラク入りしました。

そのバスを手配したのが、当時香田さんが宿泊してた宿の従業員であるサメールさんでした。

サメールさんによると、イラクには行くな!と何度も香田さんには言っていたそうです。

危険だから…

その後、サメールさんも逮捕されることになります。

釈放されたサメールさんは、

当時従業員として働いてた宿の近くの宿のマンスールホテルのオーナーになり、コーダホテルと名付けます。

マンスールホテル 別名コウダホテル

そんな歴史を持つのが、ここマンスールホテル(コーダホテル)なのです。

ヨルダンの夕焼け

サメールさんのコーダさんの事を忘れないように…という想いがこめられています。

マンスールホテルへの行きかた

イツキ食堂 宿近くの安食堂にて
アンマンの中心部にあり、立地はかなりよく、周辺には食堂など多々あります。

安く食べられる食堂もあるので、バックパッカーの方にはお勧めのエリアです。
お見送りする猫

治安も、良い方だと思われます。

宿近くの安食堂にて
アンマンにいて、危険だと思ったことは一度もありませんでした。

宿近くの安食堂にて

空港から車で30分程の距離にあり、運転手さんに言えば連れてって貰える認知度の高いホテルなので、安心です。

こちら【マンスールホテル MansourHotel 】で前もって予約をしておくと、スムーズです。

情報ノートがあり、見せて貰った所、かなり色々と詳しい情報が書かれていました。
ホテルにある情報ノート

世界を旅する旅人たちがいかに多いかという事を、日本人宿にある情報ノートをみるとよくわかります。

情報ノートを目当てに、マンスールホテルに行くというのもありかもしれません。

マンスールホテル 別名コウダホテル
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